~信じられることを
求めるな~
誰かから信じられることを
求めていないだろうか?
信頼されたり信用されたり
誰かの必要な人になりたい
と言った欲望がそうさせる
のかもしれない。
でもね。そんな事を求めて
どうするのだろう?
信じられてどうしたい
んだろう?
そこにどんな目的が
あるのかがわからない。
人が何かを信じてほしい
時っていう場合は何か
裏切ったり都合が悪く
なってしまう時が多い。
何かしら思惑があって信じ
られたいものだったりする
そういうこともあって
信じることはないんだけど
表面だけしか見ていない
関係だとまず信じない。
信じる要素が薄すぎる。
内面が深く見えない。
逆に内面を深く見られて
しまうと手の内を読まれる
その読みをひっくり返せる
のならいいのだが。
信じてもらおうとすると
信じられなくなる。
信じるということは
押しつけるものではない。
普段の行動から見て
判断するものだ。
そしてそれは勝手に
判断されていることが多い
知らない間に出来上がって
いるものだ。
そして知らない間に
依存されてしまったりする
さて、ここで結論を述べる
信じられるというのは
信じる者にとってなんらか
のメリットがあるから
信じようと思っている。
しかしそれは信じるって
ことではなく期待だ。
期待に応えてくれる相手を
信じようとした。
裏切られたのは期待に
応えてくれなかったから。
つまりそれは一方的な
期待だったりする。
こういう循環で知らない
間に信じられている。
なので一度でも失敗したり
すると仲間は去っていく。
インカは失敗を認めている
上がなんとか助けるよ。
ドクター・ロバート
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